東京高等裁判所 平成2年(う)968号 判決 1991年8月07日
本店所在地
東京都文京区湯島四丁目六番一二-一二一七号
関東興産株式会社
右代表者代表取締役
武捨忠義
右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成二年六月二六日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官樋田誠出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
原判決を破棄する。
被告人関東興産株式会社を罰金二〇〇〇万円に処する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人佐藤義行名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官樋田誠名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。
控訴趣意第一点(訴訟手続の法令違反の主張)について
論旨は、要するに、被告人関東興産株式会社(以下「被告会社」という。)に対する公訴事実中、原判示第一の課税土地譲渡利益金額四三一七万二〇〇〇円から同申告金額三一七二万九〇〇〇円を控除した一一四四万三〇〇〇円に対する二〇パーセントの重課税金額二二八万八六〇〇円については、後記理由により逋脱犯を構成しないから、刑訴法三三九条一項二号により公訴棄却の決定をすべきであったにもかかわらず、有罪の実体判決をした原判決には、判決の影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反があり、破棄を免れないというのである。
しかし、所論は、被告会社に対する公訴事実のうち、一罪の一部が犯罪を構成しないというに過ぎないから、刑訴法三三九条一項二号にいう公訴事実が真実であっても「何らの罪となるべき事実を包含していないとき」に当たらないことは論を俟たず、訴訟手続の法令違反の主張としては明らかに失当である。所論は、畢竟、原判決の法令の解釈、適用の誤りを主張するに帰するものと解すべきであるから、以下、そのような主張として判断する。
ところで、所論は、(1)法人税法(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。以下同じ。)一五九条一項(本件は、法人に対する処罰の事案であるから、同条のほか、同法一六四条一項が必要である。以下同じ。)に定める法人税逋脱犯の構成要件は、《同法七四条一項二号に規定する「法人税の額」につき法人税を免れた場合》であることを要するところ、同法七四条一項二号に規定する「法人税の額」とは、同項一号に掲げる金額、すなわち同法二一条、二二条によって計算された「当該事業年度の所得金額」につき、前節の規定を適用して計算した金額を意味することが明らかである、(2)租税特別措置法(昭和六二年法律第一四号による改正前のもの。以下同じ。)に定める土地譲渡利益金額が、法人税法二一条、二二条によって計算された「当該事業年度の所得金額」に当たらないことは明らかであるから、これに対する土地重課税金額も、同法七四条一項二号に規定する「法人税の額」には当たらない、(3)したがって、土地重課税金額につき法人税法違反の成立する余地はない、というのである。
しかしながら、租税特別措置法は法人税法と特別法・一般法の関係にあるところ、特別法が一般法に優先することは明らかであるから、租税特別措置法の規定が法人税法の規定と相容れない場合には、法人税法の規定は租税特別措置法の規定する内容に従って修正されたものと見るべきである(右のような修正を、法人税法の一部改正として行うか、特別措置法の形式で行うかは、専ら立法技術上の問題に過ぎない。)
ところで、租税特別措置法六三条一項は、「当該法人に対して課する各事業年度の所得に対する法人税の額は、法人税法六六条一項から三項までの規定にかかわらず、これらの規定により計算した法人税の額に、当該土地の譲渡等に係る譲渡利益金額の合計額に百分の二十の割合を乗じて計算した金額を加算した金額とする。」旨、各事業年度の所得に対する「法人税の額」についての計算の特例を定めているのであるから、法人税法七四条一項二号に規定する「法人税の額」とは、右の特例に従って計算した金額をいうものと解するのが相当であり、その額につき税を免れる行為が同法一五九条一項に規定する法人税の逋脱に当たることはいうまでもない。所論は独自の法令解釈に基づくものであって採るを得ず、論旨は理由がない。
控訴趣意第二点(憲法違反の主張)について
論旨は、要するに、原判決が、租税特別措置法六三条にいう「事業年度の所得」を、法人税法二一条、二二条所定の「事業年度の所得」と同一視し、前者に対する税額を同法一五九条一項にいう「法人税の額」に当たるものとして処断したとすれば、明らかに罪刑法定主義を規定した憲法三一条に反する類推解釈に基づく判断であって破棄を免れない、というのである。
しかし、前示のとおり、原判決が違法な類推解釈をしたものとは認められないから、所論はその前提を欠き、失当である。論旨は理由がない。
控訴趣意第三点(事実誤認の主張)について
所論は、要するに、被告会社が株式会社タマルエステート(以下「タマルエステート」という。)との間で取り交わした東京都中野区中野二丁目一〇三番地所在の建物二棟(以下「中野物件」という。)に関する建物明渡請負契約は、仕事の完成という役務の提供を目的とするものであるから、その請負による収益は総ての仕事が完了した昭和六二年五月期の事業年度に計上すべきものであるところ、原判決は、事実を誤認して、その一部を同六一年五月期(当期)の事業年度に計上した結果、所得金額において一億四五六九万二八七四万円、法人税額において六二八二万五三〇〇円を過大に認定しており、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。
そこで、原判文に照らして検討するに、原判決は、その理由中「弁護人の主張に対する判断」の項において、原審弁護人の所論と同旨の主張に対し、被告会社とタマルエステートとの間に交わされた中野物件に関する建物明渡請負契約によって被告会社が引き受けた役割は、既にタマルエステートの吉田邦弘と借家人らとの間で合意に達していた公表分及び公表外の立退料総額六億七〇〇〇万円を支払う仕事を主体とするものであったと認定した上、右立退料支払の進行状況に応じて順次役務を果たしたものとみなし、被告会社が右契約によって取得した収益総額九億円を、右立退料支払額に応じて各事業年度に按分して各期の益金及び損金を計算することは「客観的に公正の原則に適うもの」というべきであるとし、被告会社が現に行った按分計算による益金及び損金の処理は、計算の基礎や方法に一部誤りがあるものの、「いまだ否認すべきものではない」との理由でこれを是認し、原審弁護人の主張を排斥している。
原判決の右説示は、税法の解釈としてたやすく受け入れ難く、また、その計算過程の一部にも誤りのことが認められるが、その点はさて措き、まず、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて本件の事実関係につき検討するに、関係証拠によると、次の事実を認めることが出来、これに反する武捨義隆(被告会社の元代表取締役であって原審における相被告人)の捜査段階及び原審公判廷における供述並びに被告会社作成にかる嘆願書の記載内容は、他の関係証拠に照らし、にわかに措信することが出来ない。すなわち、
一 タマルエステートの実質的経営者で中央信託銀行に勤務し、その不動産営業部次長の地位にあって、いわゆる土地転がしを目論んでいた福田博司は、昭和六〇年八月ころ、同銀行本店において、名目上タマルエステートの代表取締役に就任している吉田邦弘に対し、高尾ツヤ及び株式会社松の木(以下「松の木」という。)が株式会社アーバンインダストリーから借り受けている各建物(中野物件)につき、同人らと交渉してその明渡を求めるように指示したところ、吉田が、高尾の代理人白河忠一及び松の木の代表取締役澤勝洋と交渉した結果、同六一年三月末ころに至り、タマルエステートと同人らとの間で、松の木に対しては三億八〇〇〇万円の、高尾に対しては二億九〇〇〇万円の立退料をそれぞれ支払う条件の下に前記各建物を明け渡す旨の合意が成立した。
二 ところが、高尾及び松の木は、タマルエステートに対し、税金対策のため、立退料の一部を裏金で支払って欲しい旨申し出たので、結局、タマルエステートは、高尾に対し一億円を、松の木に対し八〇〇〇万円をそれぞれ裏金で支払うこととした。一方、福田博司は、中野物件の取引に関する利益の一部を分配金として還元させ、自己の利益を図ろうと考えた。しかし、そのころ、すでに右物件に関する立退交渉は全部終了し、建物の明渡しについても合意に達していたので、タマルエステートとしては、高尾らとの右契約に従い立退料の支払いを残すのみであったが、福田博司は、高尾らの便宜を図り、併せて右のような自己の意図を実現すべく、その資金を捻出するため、本件当時、被告会社の代表取締役の地位にあって、以前にも不動産の裏取引に関与させ、利益の一部を還元させるなどした武捨義隆に対し、被告会社が中野物件の立退交渉を行い、タマルエステートがその報酬を支払う旨の建物明渡請負契約を締結するように申し入れた。これに対し、武捨義隆は、タマルエステートと高尾らとの間において、既に中野物件につき明渡しの合意が成立していたので、同人らと直接立退交渉をせずに多額の報酬が得られるものと考え、右申入れを承諾した。
三 そこで、被告会社は、昭和六一年四月九日ころ、タマルエステートとの間で、請負代金を九億二〇〇〇万円(但し、二〇〇〇万円については同年五月末ころ追加されたものである。)と定め、中野物件の明渡を目的とする請負契約を締結し、その旨を記載した建物明渡請負契約書を作成して取り交した(もっとも、その契約書の作成日が昭和六〇年一二月三日となっているが、それは作成日を遡及させたものである。)。そして、被告会社は、タマルエステートから右請負代金として、同六一年四月九日に三〇〇〇万円を、同月一一日に八億六〇〇〇万円を、同年六月一〇日に二〇〇〇万円を、同年七月三日に一〇〇〇万円を受け取り、そのうち五億三五〇〇万円については当期の収益として企画料収入に計上したが、残りの三億八五〇〇万円(松の木に支払うべき立退料等に相当するもの)については当期及び翌期の二期にわたる収入であるとして、翌期の収入に計上すべく前受金勘定に振り替えた。
他方、被告会社は、(1)立退料として、松の木に対し、昭和六一年四月一〇日に三〇〇〇万円を、同月一五日に合計一億五〇〇〇万円(そのうち八〇〇〇万円は裏金で支払ったもの)を、同年六月三〇日に二億円を、また、高尾に対し、同年四月一六日に合計二億九〇〇〇万円(そのうち一億円は裏金で支払ったもの)を、(2)支払外注費として、株式会社サングローに対し、同月一四日に二九三〇万七一二六円を、北野興業株式会社に対し、同年四月ころに六〇万円を、(3)分配金として、福田博司に対し、同月一五日に六〇〇〇万円を、同年五月一七日に一〇〇〇万円(裏金で支払ったもの)を、同年六月一三日に六〇〇〇万円(裏金で支払ったもの)をそれぞれ支払った。そして、同月以降の支払分は総て同六二年五月期(翌期)の費用に計上して処理した。
なお、被告会社は、同年五月末までに、高尾らに支払う裏金や福田に支払う分配金を捻出すべく、架空経費を計上してその資金を作り、これを東京相互銀行上野支店等に開設してある被告会社の預金口座に預け入れておき、その中から高尾らに対する立退料(裏金分)や福田博司に対する分配金を支払ったが、同年六月以降右資金を捻出するための不正行為を行った形跡はない。
叙上認定のとおりであるから、被告会社とタマルエステートとの間の中野物件に関する建物明渡請負契約は、タマルエステートが借家人らに立退料を裏金として支払い、福田博司に多額の分配金を還元させるための手段として仮装したものに過ぎず、真実被告会社が借家人らと交渉して明渡しの合意を取り付け、立退料の額を取り決めるなどの仕事を請け負い、その完成に対して報酬を得るという実質を伴うものではない。その実体は、要するに、前記契約の名目上の当事者となることによりタマルエステートの所得秘匿工作に協力し、その報酬として多額の金員を取得することを約したものというべきである。そして、右の約定により、被告会社がタマルエステートから受け取るべき報酬の額及び借家人や福田博司に支払うべき裏金等の額は、総て当期中に債権、債務として発生、確定したものと認めるのが相当である。もっとも、被告会社が受け取った報酬及び支払った裏金等の中には、その授受が翌期である昭和六二年五月期になされているものが含まれるけれども、これらは、いずれも当期における未収金の翌期受領及び当期における未払金の翌期支払いに過ぎないものと解すべきものである。
そうだとすれば、被告会社とタマルエステートとの間の中野物件に関する本件契約から生じた収益及び費用は、総て当期に属する益金、損金として計上すべきものであって、これが全額翌期に属するとの所論を採用することが出来ないのはもとより、これを当期と翌期の損益として按分するという原判決の方法もまた誤りといわざるを得ない。
原判決は、被告会社とタマルエステートとの間の中野物件に関する本件契約の性質を誤認した結果、右契約に伴う収益及び費用の期間帰属に関する認定を誤ったものであって、既にこの点において破棄を免れない。
そこで、中野物件に関する収益及び費用を総て当期に帰属するものとして、被告会社がタマルエステートより得た企画料収入九億二〇〇〇万円を収益に計上し、高尾及び松の木に支払った立退料合計六億七〇〇〇万円、株式会社サングロー及び北野興業株式会社に支払った支払外注費合計二九九〇万七一二六円、福田博司に支払った分配金合計一億三〇〇〇万円を費用に計上して、右取引により得た被告会社の所得を算出すると、その所得金額は九〇〇九万二八七四円となる。これを雑益として当期の収益に計上し、更に、その他の取引による収益及び費用等を合算して、被告会社の当期における実際の所得金額及び正規の法人税額を計算すると、別紙1修正損益計算書及び同2脱税額計算書にそれぞれ記載のとおり、実際所得金額は一億五八二九万六三四一円となり、正規の法人税額は七六一九万二五〇〇円となるので、被告会社はその差額である六九〇二万六八〇〇円を逋脱したこととなる。
これに対し、実際所得金額を二億一三二九万六三三九円、正規の法人税額を一億七五〇〇円、逋脱税額を九二八四万一八〇〇円とそれぞれ認定した原判決はこれらをいずれも過大に認定したものであるから、事実誤認の論旨は、結局において理由があることとなる。
よって、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、当審において変更した訴因に基づき、被告事件について更に次のどおり判決する。
(罪となるべき事実)
被告会社は、東京都文京区湯島四丁目六番一二-一二一七号(昭和六一年二月二四日以前は同区大塚三丁目三三番五号)に本店を置き、不動産の売買等を目的とする資本金五〇〇〇万円(同年一二月三日までは二〇〇〇万円)の株式会社であり、原審相被告人武捨義隆は、同四五年五月から平成元年一二月まで被告会社の代表取締役として、その業務全般を統括していた者であるが、武捨義隆は、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、不動産の売買や仲介について、仲介手数料収入を除外したり支払手数料を水増計上し、あるいは架空の外注費を計上するなどの方法により、所得を秘匿した上、同六〇年六月一日から同六一年五月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一億五八二九万六三四一円(別紙1修正損益計算書参照)、課税土地譲渡利益金額が四三一七万二〇〇〇円もあったのに、同六一年七月一日、同区春日一丁目四番五号所在の小石川税務署において、同税務署長に対し、所得金額が二六四万五三三五円、課税土地譲渡利益金額が三一七二万九〇〇〇円であり、これに対する法人税額が七一六万五七〇〇円である旨を記載した内容虚偽の法人税確定申告書(当庁平成二年押第三〇九号の1)を提出し、そのまま法定の納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額七六一九万二五〇〇円と申告税額との差額である六九〇二万六八〇〇円(別紙2脱税額計算書参照)を免れたものである。
(証拠の標目)
原判示第一の証拠の標目中に「大蔵事務官金内松一作成の平成三年六月二一日付報告書」を追加するほか、原判決の挙示するものと同一であるから、これらを引用する。
(法令の適用)
情状により罰金額を加重する点をも含め、総て原判決の摘示する法令と同一の法令を適用し、その金額の範囲内で被告会社を罰金二〇〇〇万円に処することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 新田誠志 裁判官 浜井一夫)
別紙1
修正損益計算書
<省略>
別紙2
脱税額計算書
<省略>
平成二年(う)第九六八号
○ 控訴趣意書
被告人 関東興産株式会社
右の被告人に対する法人税法違反被告事件についての控訴の趣旨は左記のとおりであります。
平成二年九月二一日
弁護人 佐藤義行
東京高等裁判所第一刑事部 御中
記
第一点
右被告人会社(以下「被告会社」という)の土地譲渡益重課税分(原審判決「罪となるべき事実」第一の課税土地譲渡利益金額四三一七万二〇〇〇円より三一七二万九〇〇〇円を控除した金一一四四万三〇〇〇円に対する二〇パーセントの重課税額金二二八万八六〇〇円)については、刑事訴訟法三三九条一項二号に基づき、公訴棄却の判決をすべきであるにもかかわらず、有罪の判決をした原判決には、重大な法令違反があり、棄却せらるべきである。
一、法人税法一五九条一項は、「偽りその他不正の行為により、第七四条一項二号(確定申告に係る法人税額)(中略)に規定する法人税の額につき法人税を免れ(中略)た場合には、法人の代表者(中略)でその違反行為をした者は、五年以下の懲役若しくは五〇〇万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」と規定し、同条二項は、同条一項の免れた法人税の額につき罰金刑を課すものとしている。即ち、同条違反の構成要件要素としては、同法七四条一項二号に規定する法人税の額につき法人税を免れた場合でなければならないのである。
二、では、同法七四条一項二号にいう法人税の額とは何を意味するのか。
同法七四条一項二号では「前号に掲げる所得の金額につき前節(税額の計算)の規定を適用して計算した法人税の額」と規定されている。このことから、まず第一に課税標準は、前号に掲げる所得であり、第二に税額の計算方法は前節の規定を適用して得られた法人税の額でなければならない。
そして、この第一の「前号に掲げる所得」とは、同法七四条一項一号で「当該事業年度の課税標準である所得」と明確に規定されており、この「当該事業年度の課税標準である所得」とは、同法二一条により、「事業年度の所得の金額」を意味する。さらにこの所得の金額の計算は、同法二二条の定めるところによるものであること、法文上明白である。
三、しかして、租税特別措置法六三条所定の土地重課税の対象となる土地譲渡利益金額(以下「土地譲渡益」という)は、次のとおり同法七四条一項一号にいう事業年度の所得の金額にはあたらない。
1.原判決の「罪となるべき事実」第一の表示および別紙2においても、被告会社の昭和六〇年六月一日から同六一年五月三一日までの事業年度の実際所得金額と課税土地譲渡利益金額とをそれぞれ分けて表示している。
このことは、当該各事業年度の課税標準は当該各「事業年度の所得の金額」であり、土地譲渡益は「当該事業年度の事業年度の益金の額から損金の額を控除した額」(法人税法二二条一項)とは全く課税標準を異にするものであることから区分・分別せざるを得ないこと、換言すれば両者の課税所得金額の計算と課税標準そのものが全く異なることは基因することを意味する。
即ち、原審の判決自体「実際所得金額」は、同法二一条にいう当該「事業年度の所得の金額」に該り、「課税土地譲渡金額」はそれに該らないことを自認していることに外ならないのである。
2.<1> ところで、租税特別措置法六三条一項を注意深く見ると「各事業年度の所得に対する法人税」という用語と、「法人税本法によって計算した法人税」という用語とを区別して用いていることが明らかである。
<2> しかして、同法同条一項は「・・・当該法人に対して課する各事業年度の所得に対する法人税の額・・・は法人税法六十六条第一項から第三項まで・・・その他法人税に関する法令の規定にかかわらず、これらの規定により計算した法人税の額に、当該土地の譲渡等に係る譲渡利益金額の合計額に百分の二十の割合を乗じて計算した金額を加算した金額とする」とし、更に、同条二項は「前項に規定する譲渡利益金額とは、当該土地の譲渡等による収益の額として政令で定めるところにより計算した金額から当該収益に係る原価の額及び当該土地の譲渡等のために直接又は間接に要した経費の額として政令で定めるところにより計算した金額を控除した金額をい」うものとしている。
<3> そして右にいう政令で定める収益の額については、租税特別措置法施行令三八条の四第四項で明らかなように、法人税法二二条二項でいう益金の額とは全く異なる計算によって算出された金額とされており、また同法六三条第二項に規定する政令で定める原価の額は同施行令三八条の四第五項で規定するとおり法人税法二二条四項によって導き出される同条三項一号の原価の額とは著しく異なっており、更にまた同法六三条第二項に規定する「直接又は間接に要した経費の額」を定めた政令たる同施行令三八条の四第六項、とりわけ、同項二号に至っては、実額計算によらず、いわゆる「概算控除」によっており、法人税法二二条三項・四項とは全く異なる算定方法をとっていることは明らかである。
四、右のとおり、租税特別措置法六三条にいういわゆる土地譲渡重課税は、保有期間一〇年未満の土地の譲渡に係る当該土地の個別純利益の合計額(事業年度単位)を課税標準として、期間的所得金額(法人税本法にいう所得金額)と個別独立に追加的に課税する税であるから、当該事業年度において法人税本法の所得計算によって欠損を生じた法人に対しても課せられるものである。
このように、法人税本法にいう「事業年度の所得」と租税特別措置法六三条にいう「事業年度の所得」とは全く別個の概念であることは一見極めて明白である。
五、以上のとおり、法人税法一五九条一項の構成要件要素である同法七四条一項二号の法人税は、同法七四条一項一号の「当該事業年度の所得」を課税標準とするものであるから、土地重課税の譲渡利益金額は、これに含まれないことは明白である。従って、この土地重課税分は刑事罰の対象となる「法人税」ではなく、罪となるべき事実には該当しない。
六、よって、法令違反の判決として破棄されなければならない。
第二点、もし、原判決が租税特別措置法六三条にいう「事業年度の所得」と法人税法二一条・二二条にいう「事業年度の所得」ということが、同一であると解して、それを同法一五九条一項にいう「法人税」の中に含まれるとして処断したとすれば、同判決は憲法三一条の罪刑法定主義に明らかに反する解釈に基づく判決として破棄されなければならない。
一、第一点において詳論したように、租税特別措置法六三条にいう「事業年度の所得」と法人税本法にいう「事業年度の所得」とは全く別個の概念である。
二、そして、この租税特別措置法六三条にいう「事業年度の所得」は、法人税本法にいう「事業年度の所得」と土地重課税の対象となる課税譲渡利益金を含んだものである。
これに対し、法人税法一五九条一項の構成要件要素である同法七四条一項二号の法人税の課税標準は、同項一号の「事業年度の所得」であると明示している。にもかかわらず、この「事業年度の所得」を更に拡張して租税特別措置法六三条にいう「事業年度の所得」をも意味すると解することは、明らかに罪刑法定主義に反する解釈であるといわざるを得ない。
三、従来の構成要件解釈からは当然には処罰根拠が見出せない場合には、法は、新たな構成要件を設定して処罰するという態度をとっており、これが、罪刑法定主義の当然の要請であるということは言うまでもない。
そして、罪刑法定主義の理解において、いかなる学説判例においても、刑事罰における類推解釈が禁止されているのは言うまでもない。許されない類推解釈として、昭和二四年の人事院規則一四―七「政治的行為」五項一号にいわゆる「特定の候補者」に「立候補しようとする特定人」を含む者とした原判決を破棄した判決(最高裁昭和三〇年三月一日判決 集九巻三号三八一頁)があるが、判旨にいわく「用語の普通の意義からいって無理があり、同規則の他の条項ないし他の場合との関係で、是非そのように解さなければならないような特段の根拠があるわけでもないのに、『国家公務員法一〇二条の精神に背反する』というような理由から、刑罰法令につき類推・拡張解釈をとることとは、明らかに不当」と明快に判示している。
本件にあっては、まさに課税標準を全く異にする土地譲渡重課税分の法人税を法人税法七四条一項二号・同項一号に該る法人税と解釈することは、前述の判例も述べているような「用語の普通の意義からいっても無理であり、」「刑罰法令につき類推解釈・拡張解釈」をとったものとして破棄せられるべきである。
第三点、原判決は、法人税法二二条四項の解釈を誤った結果、翌事業年度(昭和六一年六月一日より同六二年五月三一日)の益金の額および損金として計上したことにより、所得金額金一四五、六九二、八七四円、法人税額金六二、八二五、三〇〇円をそれぞれ過大に認定した違法があるので破棄されるべきである。
一、原判決五丁裏以降に判示されている如く、弁護人は、被告会社の昭和六一年五月期の所得の計算において、被告会社が株式会社タマルエステートとの間で交わした東京都中野区中野二丁目所在の建物についての建物明渡請負契約に関係する収益及び経費を、それぞれ右期の益金及び損金として計上するのは誤りであり、右契約が仕事の完成を目的とした請負契約であることからすれば、それに関係する収益及び経費は全て、その請負仕事が完了した昭和六一年七月の属する昭和六二年五月期に計上すべきものである旨主張した。
即ち、請負契約における収益計上時期は、仕事を完成した時であることは、会計学上の原則であると共に、法人税法二二条四項にいう「一般に公正妥当であると認められる会計処理の基準」でもある(東京高等裁判所昭和四八年八月三一日判決―行政裁判例集二四巻八・九号八四六頁、判例時報七一七号四〇頁)。
二、しかるに、原判決は、右中野物件の費用・収益計上に関し「被告会社がタマルエステートとの間の契約によって引き受けた役割は、借家人らにすでに吉田が合意を得ていた総額六億七〇〇〇万円の立退料を支払うことが、その大部分をなすもので、建物の撤去、敷地の整地はいわばつけ足しに過ぎなかったといわなければならない。そして、被告会社が引き受けた役割が右のような総額六億七〇〇〇万円の立退料を支払うことにあったとすれば、その立退料の支払に応じて順次役務を果たしたものとみなし、それに見合う収益及び経費を考えることは相当であり、総額九億円の契約金のうちから立退料支払金額に応じてその都度収益及び経費を分けて計算することは、客観的に公正の原則に適うものというべく、従って、被告会社が昭和六一年五月末までに立退料を支払っている事実を踏まえ、その立退料支払額に応じて前期契約による収益を計上することは、原則的に是認される」(七丁)として、本件公訴に係る昭和六一年五月期に益金の額として計上した企画料収入金五三五、〇〇〇円及び損金の額として計上した立退料金二九〇、〇〇〇円、分配金七〇、〇〇〇、〇〇〇円、支払外注費金二九、三〇七、一二六円を含めて本件逋脱所得金額を算出し、且つ逋脱法人税額を算定している。
三、ところで、右中野物件は二戸の建物を収去し、更地とするのが最終の目的であることは論をまたない。従って、原判決の言うように「建物の撤去、敷地の整地は言わばつけ足しに過ぎなかった」というのは大きな誤りである。また、請負人(被告会社)と注文主(タマルエステート)との請負契約の主観的目的の主従によって、請負契約の費用・収益の計上時期を異にすることが出来るとする「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」があるわけでもないこと詳論するまでもなかろう。
四、果たしてしからば、請負契約のごとき「仕事の完成」を目的とする用務・役務の提供に基づく収益(益金)の計上時期は、仕事を完成した事業年度(本件においては昭和六二年五月期)というの外なく、従って、本件企画料収入五三五、〇〇〇、〇〇〇円と、これに対応する費用(損金)たる前記立退料・分配金及び支払外注費は共に費用収益対応の原則(企業会計原則「第二損益計算書原則C」参照)に基づき、昭和六二年五月期に計上されるべきものである。
五、以上の次第で、原判決は右益金の額及び損金の額につき、法人税法二二条四項の解釈・適用を誤り、第三点の冒頭掲記の如き過大な所得金額及び法人税額を認定してなされた判決として破棄を免れないものと思料する。
以上